◆「不確かさ」考慮で最速合格/"覚悟"にじむ経営判断
2014年3月5日。東京・六本木の原子力規制委員会で開かれた審査会合は、九州電力川内原子力発電所1、2号機の「合格一番乗り」を決定づける局面になった。議題は「震源を特定せず策定する地震動」。04年に起きた北海道留萌支庁南部地震の扱いだった。
◇10ガル上乗せ
前日の4日午後1時半。九州電力は原子力規制庁と約45分間、話し合った。そこで示したのは、留萌地震に関する「当社独自の新たな地震動の設定」。解析結果に10ガル程度上乗せした「620ガル」を考慮するとの結論だった。
面談に当たった規制庁幹部は「九州電力として悩み、よく考え、安全側に見積もった数字だ」と感じたのを覚えている。面談後、当時の規制委で委員長代理を務めていた島崎邦彦氏にも九州電力の方針を伝えた。「これなら良い」という感触を持った。
翌5日の会合で九州電力の担当者から、審査史上、最も有名になったフレーズが飛び出す。10ガル程度の上乗せについて「ちょっと乱暴な言い方をしますと、"えいや"と大きくしたようなところもございます」。
この決断を、九州電力関係者はこう振り返る。「揺れの不確かさの考慮については、大きくしようとすれば際限なくできる。どこまで大きくするかの検討は、あんばいが難しい。既往の知見や相場観を考えた」
◇二の舞恐れ
「震源を特定せず」は、13年7月施行の新規制基準で新たに加わったものではない。旧耐震安全審査指針でも求められていた考え方だ。従来は、近傍の活断層やプレート間・プレート内地震のように、敷地に影響を与える可能性が高いものを評価する「震源を特定して策定する地震動」の"保険"としての色合いが濃かった。
新規制基準の下で「保険」という発想は転換した。やはり「震源を特定せず」が議題となった13年11月8日の審査会合。島崎委員長代理はくぎを刺した。「(震源を)特定できる方が"主"で、特定できない方は"従"と誤解しているのではないか」
十分な知見が得られていないとして、九州電力はさらに検討を深める方針を訴えた。だが規制庁側は退ける。「耐震バックチェックの二の舞」を恐れたためだ。
旧原子力安全委員会が耐震指針を改定したのを受け、全国の原子力発電所で確認が行われた。その結果を巡る議論は細部にわたり長期化。結論が出ない中で3.11を迎えた。「議論が長引くのを避けるためにも、どこかで区切りをつけなければ、との思いがあった。基準地震動(Ss)が固まったところは進めないといけない。それは島崎さんも同じ思いだった(規制庁幹部)
データや解析結果には誤差、不確かさがあってもおかしくない。そのばらつきをどう考えるか――。それは「事業者の姿勢」に委ねた。13年11月8日の会合で小林勝・規制庁安全規制管理官(当時)は九州電力に迫った。「事業者の姿勢の問題だ。今のデータでもって、ある程度安全側の評価をすることも必要だ」
こうした経緯があり、九州電力は14年3月4日の面談で留萌地震の地震動620ガルを提示。その翌週、規制委は川内1、2号機を優先審査対象に決めた。田中俊一委員長に「大きな審査項目をクリアできたのは川内1、2号機という理解で良いか」と問われた島崎氏は「川内だけは(Ssが)既に確定している」と応じた。
「震源を特定せず」を巡る九州電力社内の検討は、瓜生道明社長をはじめ経営陣も巻き込んだものだった。約1週間で練り上げたのが10ガル程度の上乗せだった。「覚悟を持った(経営の)決断だったと思う。そうしないと審査が前に進まなかった」(九州電力関係者)
◇必要な決断
新規制基準が施行され、PWR(加圧水型軽水炉)各社が適合性審査を申請した際の報道関係者の下馬評は、四国電力伊方発電所3号機や九州電力玄海原子力発電所3、4号機、関西電力大飯発電所3、4号機が「合格一番乗り」と目されていた。規制庁内部でも似たような見通しを持っていたという。
下馬評を覆し、川内1、2号機が最速で合格した要因は何だったのか。「科学的でないとの批判はあるだろうが、"えいや"の決断は、どこかで必要だった。それをやったかどうか」(規制庁幹部)
「科学的判断」だけでなく、自然現象につきまとう不確かさにどう向き合うのか。この局面においては「経営判断」の存在が大きかった。
川内1号機が14日、再稼働した。「稼働原子力ゼロ」の状態が解消され、原子力の電気が約1年11カ月ぶりに消費者へ届いた。九州電力は規制委による審査に大掛かりな体制で臨んだ。発電所では九州電力と協力会社が一体となり、安全性向上のための対策を継続的に施していた。安定で安価な電力を一刻も早く供給したい九州電力。東京電力福島第一原子力発電所事故の教訓を踏まえ、従来の発想からの飛躍を求めた規制委……。再稼働までの動きを追った。 (特別取材班)
(電気新聞2015年8月18日付1面)