エネコミ

2016年5月配信

2015年 8月21日
[連載]原子力再生へ 川内1号機再稼働(4)

◆繁忙極めた西日本プラント工業/膨大な工事、1600人投入

 東京電力福島第一原子力発電所事故直後の緊急安全対策から各種の自主対策、新規制基準対応まで、九州電力川内原子力発電所には多数の安全設備が導入され、既設設備の補強も行われた。一連の施工を一貫して受け持ったのが、九州電力グループ会社の西日本プラント工業(福岡市、平田宗充社長)だ。

 ◇全社挙げて
 同社は川内原子力事業所を発電所構内に構え、日常保修業務や定期検査時の修繕業務など、プラントの健全性を維持する役割を担ってきた。
 福島第一事故以降、安全対策の実施に伴い業務量が急増。協力会社を含めた要員数は、2011年5月からの1号機定検開始に続き、2号機で定検が始まった11年9月のピーク時には1390人。半年で2.5倍に増えた。
 14年3月、川内原子力は新規制基準適合性審査の優先プラントに選定。それまで玄海原子力発電所をあわせ同時並行的に進められていた新規制基準対応工事は、これを境に川内原子力を優先することになった。14年6月のピーク時の要員は1632人。14年度の延べ要員数は約46万2千人(11年度は約30万9千人)と、その繁忙ぶりが際立つ。
 膨大な耐震補強工事や設備追加工事を確実にこなすため、同社は「火力部門や本社、事務系も含め、全社挙げて人を投入した」(笠野博之取締役・上席執行役員・原子力本部長兼原子力営業部長)。
 諸正譲治理事・川内原子力事業所長は、優先プラント決定と同じ月に着任。他部門や協力会社から要員を振り向けてもらうにあたり、情報の共有化を重視した。川内での工事の優先順位や工期について本社、九州電力と綿密に調整。その上で、本社や玄海原子力の事業所と川内原子力事業所を結ぶテレビ会議システムを活用し、要員調整会議を頻繁に開催した。時には実際に集まり、意思疎通を図ったという。

 ◇地元の協力
 14年度当初、約1800人分が必要と想定した工事要員用の宿舎手配も難題だった。自社の寮と従来利用している旅館・民宿では到底足りない。総務体制を強化する目的で編成した特命チームが奔走し、休業中のところを開けてもらったり、一部は薩摩川内市外に求めたりして、何とか確保した。諸正所長は「地元の皆さんの協力があってできたこと」と感謝する。
 同社が手掛けた工事は、建屋内では配管などの耐震補強や火災対策、建屋外では各種安全設備の設置や代替緊急時対策所の電気工事、竜巻対策の固縛装置取り付けなど多岐にわたる。
 このうち火災対策では、ハロン消火設備を元請けとして施工した。
 川内1、2号機合計でハロンボンベは30カ所・約300本、配管総延長は約1万5千メートルに及ぶ。現場を詳細に調査する時間が取れないまま着工した結果、配管を敷設する過程で干渉物にぶつかりルート変更を余儀なくされるなど、変更作業がたびたび発生した。
 仮設足場材、溶接機、工具類なども大量に必要になり、通常ルートのリースでは足りないため全国から調達。その数は24万8千点に上った。九州以外の電力グループ会社からも溶接技能職の応援を仰いだ。
 一方、竜巻対策として約150の可搬型重大事故等対処設備に今年度、追加設置した固縛装置。8~40本のチェーンで固縛し、緊急時には電動で張力を高める仕組みだ。4~6月の3カ月間という短工期で施工をやり遂げた。

 ◇現場で激励
 再稼働というゴールがなかなか見えず、長期間にわたった工事。士気の低下も懸念される中、長期出張者のケアや、協力会社と一体となった安全衛生対策を徹底した。「経営層は何度も現場に入って激励を続けていた」(藤本彰穂取締役・常務執行役員・経営本部長)という。
 諸正所長は「管理職がリーダーシップを発揮し、『一致団結、総合力』をキーワードに、マイプラント意識を高く持って施工に力を注いでくれた」と話す。同時に、九州電力やメーカー、グループ他社、協力会社などとの「力強い団結」を感じることができたと振り返る。(特別取材班)

(電気新聞2015年8月21日付1面)