◆訴訟、新知見対応も課題
東京電力福島第一原子力発電所事故を教訓に定められた新規制基準が施行されてから8日で3年がたつ。この間、審査を申請したのは26基で、一連の許認可審査に合格したのは7基、原子炉起動に至ったのは4基にとどまる。原子力規制委員会の審査人員が限られる中、「順番待ち」を強いられたプラントも多い。一方、司法では新規制基準を不合理とする判決・決定が出ており、規制委は訴訟を念頭に置いた解説資料を作成するなど対応に乗り出した。(塚原 晶大)
2013年7月8日に施行された新基準は、福島第一事故を踏まえ、新たに基準津波(想定津波高)の設定や重大事故対策を義務付けた。自然現象への備えでは津波の他に、基準地震動(Ss)や竜巻想定なども厳しく審査されることになった。特にSsの審査で規制委側は、事業者の想定をなかなか受け入れず、軒並み引き上げを余儀なくされた。慎重な姿勢の背景には、東日本大震災前にSsを超える地震動が複数観測される「不名誉なこと」(島崎邦彦・前規制委員長代理)が起きたことがあった。
◇許可から約1年
規制委は、最も早くSsが確定した九州電力川内原子力発電所1、2号機を「優先プラント」に選び、14年春頃から審査官を集中投入。同年9月に原子炉設置変更許可を交付し、初の「合格」判断を下したが、その後の工事計画変更認可(工認)審査や使用前検査は原子力規制庁、九州電力ともに手探りで、実際に発電を再開したのは1号機が15年8月、2号機が同年10月。許可から1年前後の期間を要した。
関西電力高浜発電所3、4号機、四国電力伊方発電所3号機も許認可審査を終えた。40年目以降の運転を目指す関電高浜1、2号機も延長運転に必要となる一連の審査が終了。これまでに7基が新基準をクリアした。
深刻なのが、多くのプラントが"順番待ち"を強いられている状況に改善がみられない点だ。
規制委は6月まで、タイムリミットがある関電高浜1、2号機と美浜3号機の審査を集中的に手掛けてきた。BWR(沸騰水型軽水炉)では昨夏、東京電力柏崎刈羽原子力発電所6、7号機を集中審査対象に選び、今年初旬までは他のプラントの重大事故対策などの審査が実質ストップ。規制委の人的資源が限られているのが主な理由だ。国会の場でも与党議員を中心に「順番待ちが強いられているのは看過できない」といった批判が相次いだ。規制庁関係者は「効率的に行うことは常に考えている」とするが、抜本的な解決策は見いだせないままだ。
田中俊一委員長は6日の定例会見で「リソースを増やすことも一つの解決策として努力しているが、これ以上は大きく改善されない」と指摘。事業者側の姿勢にも「問題がある」として、規制委側の努力だけではスピードアップにはつながらないとの見方を示した。
◇安全水準を説明
新たな課題も浮上している。電力会社を相手取った民事訴訟で、新基準は合理性を欠くなどとして、審査に合格したプラントの運転停止を求める仮処分決定が福井、大津両地方裁判所で下された。関電高浜3、4号機は原子炉再起動に至りながら停止を余儀なくされた。規制委は、民事訴訟への直接的な言及は避けつつも、決定内容には「事実誤認がある」(田中委員長)と指摘。規制委を相手取った行政訴訟が増加する可能性を視野に、新基準の考え方を詳述した解説資料を作成した。司法判断は、安全性の水準をどこまで求めるかで割れている。新基準への適合が、どのレベルの安全性を満たすのかを説明することが規制委に求められている。
新知見をどう反映するかも大きな課題だ。島崎前委員長代理が関電大飯発電所を巡り、「地震規模を割り出す計算式では過小評価になる恐れがある」として規制委に再計算を要求。この提案を受けて規制委は、別の計算式で解析を進めることを決めた。だが前委員長代理とはいえ、島崎氏の指摘は「地震学者の学説の一つ」。この計算式を考案した入倉孝次郎・京都大学名誉教授は「詳細な分析を抜きに過小評価と断罪することは、あまりに偏った考え方」との反論を発表している。
新たな知見を事後適用する「バックフィット」は事業者に大きな影響を与える。どのような知見を、どのような手順で取り込むのか。透明性を持った運用ルールを定めることが欠かせない。
(電気新聞2016年7月8日付1面)