◆地元は蚊帳の外/"内輪議論"に批判
関西電力大飯発電所の基準地震動(Ss)の妥当性に対し、原子力規制委員長代理時代に審査を仕切った島崎邦彦・東京大学名誉教授が疑義を呈した問題が、混迷の度合いを深めている。規制委は、6月の島崎氏との面談で出た提案を受けて再計算を実施。その結果、審査を経て了承されたSsを下回ったとして、いったんはこの問題を打ち切った。しかし島崎氏が再反論したのに応じて2度目の面談を行い、再び定例会合に対応方針を諮るという異例の展開に。今回の混乱は、『学術論争の題材を行政に持ち込んだ島崎氏』『無理を承知で提案に応じた規制委』の双方に問題がある。関電や地元を蚊帳の外に置いた「内輪の論争」を批判する声も出ている。(塚原 晶大、稻本 登史彦)
今回の問題は、地震動を求める際に使われる予測式『入倉・三宅式』だと震源規模(地震モーメント)が過小評価になる恐れがあるという島崎氏の懸念に端を発した。島崎氏によると、規制委員長代理を離任後、国土交通省が実施した日本海最大津波想定を調べた過程で、その懸念が強まり、熊本地震の知見を踏まえて確信を深めたという。
ただ「過小評価」と酷評された『入倉・三宅式』の提唱者である入倉孝次郎・京都大学名誉教授は、「詳細な分析抜きに過小評価と断罪することは偏った考え方だ」と反論。学会レベルで見解が対立しており、島崎氏の懸念は「一研究者としての憂慮」というのが実情。それを行政の場に持ち込み、自説の正当性を訴え出たのは筋違いといえる。
◇無理な再計算
しかし規制委は島崎氏の提案を受け入れ、Ssを導く過程の一部分である地震モーメントだけを『武村式』という予測式に置き換えて求める再計算に踏み切った。
断層面積から地震モーメントを割り出す『入倉・三宅式』は、Ssを導き出すまでの方程式が確立しているのに対し、津波評価などに用いる『武村式』はそこまでの道筋が固まっていない。しかも、断層長さに掛ける係数がもともと『入倉・三宅式』より『武村式』の方が大きく、そのまま置き換えること自体に無理があった。
実際、再計算の過程でも、断層面上のアスペリティ(強震発生領域)が断層面積をはみ出すほど大きくなってしまうなど、「あり得ない」矛盾が生じた。島崎氏のリクエストは「どだい無理な計算」(原子力規制庁関係者)だった。
「公共財」であるはずの規制庁のリソースが、島崎氏個人の「憂慮」のために使われた格好。田中俊一委員長は20日の会見で島崎氏の対応に「強震動の計算式がおかしければ自分がきちっとやるべき。科学者として、その道の専門家として無責任だ」と語気を強めた。
一方、規制委側の対応にも疑問が残る。2度目の面談を受け、対応方針が諮られた20日の定例会合で規制委は再計算の過程に「無理があった」ことを認めた上で、(1)どこに問題点があったのか(2)学会などで確立された、地震モーメントを求める別の計算式があるのか――を精査するよう規制庁に指示した。
◇予見性損ねる
再計算結果が示された13日、田中委員長は「この問題は打ち切る」と宣言し、他の委員も賛同した。「打ち切り」は「現役委員」が責任を持って下した判断のはず。にもかかわらず「一人のOB委員」の再反論を受け付けて精査を求めたのは、規制を受ける電気事業者、その先にいる電力消費者、立地地域の予見可能性を著しく損ねる。
大飯発電所所有者の関電、立地する福井県やおおい町を蚊帳の外に置いた学術論争による混乱――。議論自体が不必要だとまで言わずとも、誰のために、さらにはどのような場が議論にふさわしいかという判断、いわばコモンセンスの欠如が透けてみえる。
地元関係者からは厳しい批判の声が上がる。「内輪のやりとりで済むとの認識の甘さは許されないはず。国民への誤解と大いなる損害を与える問題だ」
[メモ]
◆入倉・三宅式 入倉名誉教授らが提唱した強震動予測式。断層面積から地震モーメントを求める。地震モーメントとは、断層運動時のエネルギーの大きさを指す。原子力施設のSsのうち、「震源を特定して策定する地震動」を導く過程で使われることが多い。政府の地震調査研究推進本部「強震動予測レシピ」を構成する関係式に組み込まれ、原子力施設以外の一般の建造物の耐震評価にも用いられる。予測式は複数の査読付き論文として雑誌掲載され、直近の観測データと照らし合わせても成り立つことが検証されている。
島崎氏は『入倉・三宅式』では過小評価になるとの「陳述書」を、関電大飯発電所3、4号機運転差し止め訴訟の控訴審が行われている名古屋高等裁判所金沢支部に提出した。一方、入倉氏は「科学的論文としての『入倉・三宅式』の内容が正しくないとする結論は、いかにも性急すぎる判断」と反論している。
(電気新聞2016年7月22日付1面)